「父親たちをどうする?」

松居和チャンネル 第19回 をアップしました。

今回のテーマは「父親たちをどうする?」

副題は、  ~子育て支援センターから、部族へ~ です。

「部族的感覚」の衰退が、政府の母子分離政策で進められ、20年近くになる。その結果、児童虐待過去最多、いじめや不登校も止められない。教員不足は、すでに末期的な様相を呈している。

日本中飛び回って講演をしているので、いろんな話を聞くのです。三日で教員を辞めてしまった新任の先生。その補充で来た臨時の先生が、生徒を前に、担任なんてやりたくなかった、と初日に宣言してしまう。子どもたちとの信頼関係を築こうなんて気持ちは、さらさらない。こども家庭庁の「未来戦略」と同じです。来年どうするのか、と考えると、恐ろしくなります。

「部族的感覚」は、父性と母性の役割分担によって支えられてきました。

政府の政策と、正面からぶつかってきた保育者たちが、「まず、父親を父親らしくすること」を目標にするのには理由があったのです。現場で行われてきた様々な取り組みについて、チャンネルで話しました。ぜひ、参考にしてみてください。どの園でもできることです。

タイミングよく、先週、「父親の会」にお父さんたちが自主的に参加し、ワイワイやっている幼稚園(太陽第二、と太陽第一幼稚園)で、お父さんたち相手に講演しました。二つの幼稚園には、すでにそういう評判が立っていて、園を選ぶとき、母親から、父親の参加が多いから、しっかりやってよ、というお達しを受けている父親たちなのでしょう。上手く耕されていて、毎月のように自主イベントも多く、楽しい時間になりました。

「お父さん同士が友達かも知れない」、この意識を子どもたちが持てば、小学校や中学校に行っても、簡単に「いじめ」は起きない。

お父さんたちが幼稚園にしょっちゅう来ることで、ふと、「自分は、他の子にも責任があるのかも知れない」と思う。子どもたちも、「困った時に、助けてくれるのは、お友達のお父さんかも知れない」と思う。そうした部族的な感覚を取り戻すことが、小学校や中学校の「落ち着き」につながり、教師たちを守っていく。

講演後、著書「ママがいい!」にサインしながら、裏表紙に、何度も、「パパもいい!」と添え書きを頼まれ、嬉しくなりました。

「太陽第二幼稚園」は、「父親の会」(TMC:太陽、メンズクラブ)に参加している父親が九割を超え、私の講演にも父親がほぼ全員、百人以上出席して、熱心に聴いてくれました。キッカケさえあれば、父親たちは、子どもを中心に集まり、仲間と人生を送りたがっている。この国の将来を、守りたがっている。「男女共同参画社会」の第一は、子どもをつくること。第二は、子どもを育てること。それではピカイチだった、欧米に比べ、家庭崩壊が奇跡的に進まなかった日本が、「男女共同参画『競争』社会」を掲げる政府や経済学者によって、母子分離を促され、壊されかかっている。

それに対抗するような、TMCのエネルギーを感じ、私は、すっかり励まされました。

先々週、西伊豆町で感じた、女性たちのパワー、母性でしっかり保育を守ろうとする先生たちの力強さにも感動しましたが、続けて「親父たちの元気」を確認できたのです。経済競争だけではない。輪になって踊り、祝うこと、祈ること、の方が、よほど大切な「社会」だったはず。その感覚を集団として取り戻せるのは、幼稚園、保育園しかないと思います。

政府や学者は、「女性の社会進出」とか、「社会復帰」だとか言って、子育てしている母親は、「社会」の一部とは認めないように仕向けている。こども家庭庁は、子育てをしていると、人生の幅が狭くなる、などと、馬鹿げたことを平気で言う。しかし、日本のバブル崩壊は、「欧米に比べ家庭崩壊が奇跡的に進んでいなかったこと」によって緩和された。その隠された強み、ドラッカーやストロースが言った「独特な文化的土壌」を、学者や政治家の、短絡的な母子分離施策で手離してはいけない。

「子育て代行」で生じる「負債」は返済できない「不良債権」、次世代への積み残し、となる。

幼児をワンクッションにして、夫婦は、お互いの「人間性」を確認する。幼児がお互いの「いい人間性」を引き出す瞬間を、眺め合う。それが「子育て」。

この国が、その機会を奪われないように、このチャンネルを開いています。ぜひ、ぜひ、知り合いの方に、松居和チャンネルを推奨してください。

日常的に「社会」の定義から、子育て中の母親が除外されはじめた頃、実は、「女性学」と現場の女性園長たちの思いが激しくぶつかっていた。私は、何度もそれを目撃した。利権争いに支配されている人たちと、三歳児神話を守ろうとする人たちが、ぶつかっていた。

その話も、今回はしています。

「幼児たちが小学生に教える『道筋』」

「頼り切って、信じ切って、幸せそう」。

砂場で遊ぶ四歳児に、完成された人間像がある、と思います。

他力本願の真の姿と言うか、

聖書も、「神の国は、このような者達のもの」と言うし、一緒に暮らしていれば、人生の道筋が見えてくる。「その人たち」を見つめ直し、役割を果たしてもらう時が来ている。

というわけで、今回の、

松居和チャンネルの第18回は、

テーマを「幼児たちが小学生に教える『道筋』」

としました。

副題は、~祖父母ごころを耕す~、です。

https://youtu.be/KI0Uv4AmZBU

幼児と交わり、会話して、人間は、ホントのお友達を身近に見つける。それを小学校や中学校で、生徒たちを幼児と出会わせることで広めてほしいのです。

『祖父母ごころ」が、社会から遠ざけられていることについても話しました。

子どもたちを叱れない心、「寄り添う」心、を耕し直さないと、母子分離を進める、今の「福祉」は、仕組み的に子どもたちに寄り添っていない。

「おんぶして、抱っこして」と繰り返す、幼児たちの「願い」が、人間社会を導いてきた。

「ママがいい!」という言葉が、秩序を生み出す原点にあった。

「善循環」を、子どもたちが回してきた。

このままでは、保育士たちが去っていきます。

(NHKの報道から)

「保育士の一斉退職」:「このままでは子どもが守れない 最後の手段です」

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240424/k10014429461000.html

もう、それでいいのかもしれない。一斉退職が、政府の母子分離施策にブレーキを掛ける、最後の手段になるのかもしれない。教師不足も止まらない。

こども家庭庁は、「性別役割分担意識からの脱却」を「働き方改革を正面に据え」て実施していく、と宣言する。

子育ては、人生の幅を狭くする、と馬鹿なことを言っている。そうだとしても、こども家庭庁が言うべきではない。

「専門家」たちが、性懲りも無く、いまだに「誰でも、いつでも通園制度」は可能、みたいなことを言っている。もう、無理でしょう。

保育界は、「女性らしさ」で成り立ってきた。

「長時間保育は、子どもが可哀想」と思う「母性」を、学問とか「専門性」、人権とか「平等」という机上の論理で否定され、女性たちが、男性主導の市場原理に背を向けはじめている。

それが、「保育士の一斉退職」という記事に現れる。

それでも、幼児たちは、出会わせてさえやれば、ちゃんと小学生を導いてくれる。人間性を育ててくれる。その力の方が、「学問」よりも、ずっと確かで、信頼できると思う。幼児と小学生の会話から、ぜひ、それを感じ取ってください。

 

西伊豆で励まされました

西伊豆で講演しました。

呼んでくれた伊豆海こども園の山本園長先生は、「ママがいい」の本を、首が痛くなるほど、うなづきながら読みました、と講演依頼に書いてきた先生です。教育長さんたちにも前もって渡してくれて、教育委員会の局長さんや、町議会の議員さんにも声がけしてくれました。

午前中に保護者たち、午後は保育者たちと議員さん、教育長さんたち相手に、話しました。公立の園が二つなので、保護者、こども園、学校がつながりやすい、まとまりやすい町です。私の話が通りやすい町なのです。

全ての親が、二つのこども園のどちらかを通り抜けていく。保育者たちが数年間、「子どもが喜びますよー」と繰り返し、行事参加を呼びかけて、親心や祖父母心を耕せば、自然に、学校が楽になってくる。親同士が、全員知り合いになり、交流をしていれば、いじめや不登校も起こりにくくなる。子どもはみんなで育てるもの、みんなに責任がある、という姿勢を形にしやすい町なのです。

講演中にも、拍手や歓声が上がりました。

一年後、チェックに来ますから、と約束して、みんなで写真を撮りました。保育は、母性と笑顔でやるもの。そんな写真になりました。ここに掲載します。

(翌朝、早速メールが)

おはようございます

松居先生

運転、お疲れ様でした

お土産のさつま揚げ、食べていただけて良かったです

美味しい干物も送りますので

教育委員会の方に来ていただき、話しを聴いてもらえた事で

松居先生を定期的に呼べるように予算どりをしよう

て言ってくれ、私達は嬉しい限りです

本日もお忙しい事と思います

日中は暑いので

先生、水分多めでお過ごしくださいね

 

感想文の追加と、講演会のお知らせ

保護者、保育士、みんなで聴いてくれた講演会、追加の感想文です。
ありがたいです。
もちろん、出来る講演会の数は限られています。

書籍「ママがいい!」
始まった「松居和チャンネル」

この「シャクティ日記」http://kazu-matsui.jp/diary2/
「X」@kazu_matsui
フェイスブック

多くの人たちが、子どもたちの成長を囲む現状に、早く気づいてほしい。どうぞ、よろしくお願いいたします。無料参加できる講演会のチラシを添付します。この夜、保護者中心に講演して、翌日の午前中中学生に話します。ドキドキします。

 

 

(追加感想文)

松居先生の講話は最初から最後まで楽しく面白く聞きやすかったです。子どもをもっと可愛がっていこう。子育ても自信を持ちながら楽しんでいきたいと改めて思いました。

共感しかなかったです。人手不足で辞めされられない。心ある人たちは、口をつぐんで辞めてしまう。子どもに密に接する人たちは子どもと向き合う時間と余裕がない。そんな悲しい世の中になっていて、松居先生の話を沢山の方に聞いて頂きたいと思いました。

驚きのデータ、実体験を元にした子どもとの接し方、具体的な施策案等、終始笑いが止まらない時間でした。「全ての事象には意味がある」赤ちゃんが泣く意味、そこには大人達の心を一つにする力がある。「子どもといるから、父になれる」この子達に自分は育てられているし、父になっていく。だからこそ自分から全力で子ども達に、愛と感謝を伝え、一緒に育って行こうと改めて決意した時間でした。

保育士として日頃から思っていたことを松居先生が話されていて、終始うなずきが止まらなかったです。ただ一人の力ではどうにもならないのが現状で…。本当は全ての乳幼児の為に動けたらと思うのですが、あの場に息子たちを見て下さる先生方や保護者の方がいて下さって、素晴らしい時間を共有できたこと、本当に幸せなことだなと思いました。そして松居先生の考えが広まる事を願います。(本買いました)

松居先生の講演会ありがとうございました。“「ママがいい!」その一言は勲章です。”その言葉がズドーンと胸にきました。笑いあり、納得!あり、涙あり・・・あっという間の時間でした。保育は人間性、この言葉もとても嬉しく、私も子ども達に人間性を伝えられるような子育て、保育をしたいと感じました。

歯に衣着せぬ、理屈じゃないストレートなメッセージとても心に響きました。「子育てに正解はない。いい親でいたいと思ったらいい親」この言葉で私も含め心救われたお父さんお母さんも多かったかと…。近頃忘れていた事、見えなくなっていた事を立ち止まって考える良い機会となりました。アフリカのマサイ族の話はもう少し早く知りたかった…。

四歳児完成説という言葉が今の娘と重なり妙に納得でした。そして私は実際、自分の母親に「子どもが喜ぶよ!」と言われ、上の子が小学校の時に任期三年のPTA本会役員を引き受けました!魔法の言葉ですね。

こんなに笑った講演は初めてかもしれません。しかし、その中にもとても大切な大事な言葉が詰まっていてとても感動しました。「人の親になる」という事はとても複雑な様に感じていましたが、損得勘定を捨てるとおっしゃっていて何かスッといろいろなことが取れた気がしましたし、「良い親になりたいと思った時点で自分は良い親だから自信を持て」という言葉に感動しました。

松居先生のお話は分かりやすく楽しく、あっという間の1時間半でした。「ママがいい!」は嬉しい言葉ですが時に重たく負担になる時がありました。「ママがいい!」は勲章と先生のお話を聞いたら、急にこの言葉を伝えてくれる今がとても大事で愛おしく思いました。今回の講演会をお父さんにも聞いてほしかったので「松居和チャンネル」勧めました。

中2の息子、年頃でイライラしたり反抗的ですが、次男の迎えに一緒に来ると園児たちに大人気。みんなが寄ってきてくれることが本人は楽しく、嬉しいようでとても良い顔をします。「かわいい」「楽しい」と言います。先生の話と重なり、そういうことか!!

こういう時期だからこそ幼い子との関りは大切なのかと納得でした。父親が父親になるためにも、ぜひとも一日保育士体験させたいと思いました。

早く帰って子どもたちを抱きしめたくなりますね。この時期だけの尊さを大事に過ごしたいと思いました。松居先生のお話が笑いあり、感動ありで大変おもしろかったので夫にも伝えようと思ったのですが、私の話術では全く再現できなかったのでYouTubeを見てもらおうと思います。

 

神話の再生と音楽

松居和チャンネル 第17回をアップしました。

テーマは

:神話の再生と音楽

~日本が、海外へ「神話」を伝える~

どういう「音楽」が背後で流れるか、聴こえてくるか、それによって、人生は、無限の可能性を持ち、変化する。そのことを、子守唄の存在意義から、前回に引き続き考えます。

風景は、みんなで祈り、祝いながらつくるもの。

そのあたりのことを、アメリカでサウンドトラックの仕事に関わった時の、エピソードを交えて、お話ししました。

「トトロ」とか、「千と千尋の神隠し」などから伝わってくる「非論理的」なメッセージ。ドラゴンボールも、心が清くなければ、雲に乗れない、という。

日本は、そうした現代における神話の再生が支持される国。子どもたちにも、大人たちにも。支持されている、ということは、体験として、心に染み込んでいるということ。情報を学ぶこととは違う。神話の世界は「教育」とは対極にある、体験の世界です。

その入り口のところに0、1、2歳児たちがいる。

この人たちを可愛がることで、国の根幹ができていた。

神話的な「交信」が支持される土壌から、「トトロ」が生まれ、大ヒットする。しかも、それを「輸出」できる力を持っている。この国は、「祈り」のビオトープになっている。人類にとって自然治癒力になれる国です。

最近、外国から、人々が、この神話の国に、来る。

日本語で歌われている主題歌が、世界の音楽チャートで、放映の翌週に一位になる。

今、これほど世界が混沌としている時に、宮崎アニメやアニソンが一筋の「光明」になっているのがわかります。

人類は、「神話の再生」を求めている。三歳児神話も含めて。

この国の「母子分離」政策は、人類にとっての損失。神話のチャンネルを閉ざしてはいけない。

0歳、1歳、2歳児の保育現場は逃げ場がない。そこで、子どもを必死に守ろうとしている人からのメールです。

1番必要な事は『勇気と覚悟』だと思います。

同僚に嫌われる 勇気と覚悟

法人に嫌われる 勇気と覚悟

時間や金銭的コストをかける 勇気と覚悟

起訴されても戦う 勇気と覚悟

何がなんでも子どもを守りたいと思う 勇気と覚悟

勇気と覚悟を持てば

自ずと答えは見えてくると思います。

(ここから私です)

保育に必要なのは、「勇気と覚悟」。それがないと、子どもたちを守れない。

そんなことを政府は保育士たちに言わせている。いい加減にしないと、義務教育が限界に来ている。

「勇気と覚悟」がなくても、優しい、穏やかで、静かな、子どもたちの魂を日々癒す人たちが、実は、保育園の「宝」。

その人たちが、辞めていく。

集団離職が止まらない。この人たちが、神話を理解しない政治家や経済学者に対する「最後のブレーキ」になっている。

(NHKの記事です)

保育士の一斉退職 「このままでは子どもが守れない 最後の手段です」

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240424/k10014429461000.html

「子守唄」が、どこかで鳴り続けている。そんな社会に戻したい。幼児たちと過ごした「時間」が、誰の記憶の中にも仕舞われていること、それがモラル・秩序を生み、可能性を広げていくのです。

今回は、映像に音楽をつけるという、シャーマン的な作業をしていて気づいたことも、話しました。

「信頼関係」があると、「結果」は無限の可能性を持つ。

保育現場でも、保育士と園長と保護者、三者の間に「信頼関係」があることで、子どもたちの「可能性」が無限になってくる、そう理解してほしい。

チャンネルの拡散、お願いします。幼稚園や保育園で、職員研修に使われているそうです。教育委員会からも講演依頼が入ります。(講演依頼は、matsuikazu6@gmail.comまで、どうぞ。)

私のアルバムからです。聴いてみて下さい。

https://youtu.be/fm9KjKpoggE

Music of Kazu Matsui (Shakuhachi). “Black Bird & the Bamboo forest,” and “Legend of the lake”. 

生命尊重ニュース主催の講演会

1年間の連載を依頼された、生命尊重ニュース主催の講演会があります。いろんな方たちが、子どもたちの願いを応援しようと、頑張っておられます。

お出かけいただければ幸いです。

 

 

5月号のタイトルは、「ママがいい!」と泣き叫ぶ子どもたち、でした。こんな風に書きました。


 

四月、「ママがいい!」という言葉が「慣らし保育」の現場で一斉に湧き上がる。子どもたちは、生まれて数年間、信じることができる人、安心できる人を探す。周りに「育てる」と言ってもいい。それが、彼らの大切な「働き」なのです。

こども家庭庁が「子ども真ん中」と言うなら、その願いと、働きを尊重すべきです。それを無視し、政治家や学者たちは母子分離による経済政策を止ようとしない。それに慣れたら、私たちは幼児たちに見捨てられる。

学生が試験の答案に、「子どもはなるべく親が育てた方がいい」と書いたのを不合格にした有名大学保育科の教授がいた。「もっと勉強しなさい」と言ったそう。

動機が歪んだ「学問」が学生の人間性を傷つけ、福祉が市場原理に支配されていく。保育科に学びにくる特別な(と私は思いたい)女性たちの、いわば一年目の母にも似た願いが、そうやって「学問」で打ち消されると、「勉強なんかしなくていいよ」と、教室から連れ出したくなる。親のニーズに応えるのが保育、と指導され、一方で、パートで繋いでいい、五日間で取れる「子育て支援員」でいい、無資格でもいい、という規制緩和の元、資格の価値は薄れ養成校が定員割れしている。保育科に、ジェンダーフリーという「利権争い」を持ち込んだことで、「女性らしさ」で成り立ってきた保育界が迷走している。

政府の愚策を守るために、古(いにしえ)のルールや真実を平気で曲げる学者たちが、いま、学校教育まで破綻させようとしている。小学校で教師の成り手がいない。

子育てを親に返し、子どもたちが親を育てる力に望みを託すしか、もう道は残されていない。義務教育は、親が親らしい、という前提の元に作られている。

先日、保育学者が「保育の質」を高めるために、「保育士の『専門性』認識を」と発言していた。「社会で子育て」など、もう成り立たないことは実習生の告発を聴けばわかるはず。保育現場に欠け始めているのは「人間性」なのです。保育士不足の状況で、集団保育を専門性で仕切れば不適切保育が広まるばかり。

こども家庭庁が言う、「こどもを安心して任せることので きる質の高い公教育を再生し充実させること 」など、「母子分離政策と並行して」できるわけがない。

以前、園長先生たちは、言っていた。

「保育は五歳までです。一生続く親との関係が大切と言い続けなければ、保育ではない」。親子の人生を案ずる「保育の魂」が、政府の「保育のサービス産業化」「母子分離の正当化」によって、どんどん消されているのです。

小学校が悲鳴をあげている。

(ユーチューブで、松居和チャンネルを、始めました。「日本人の子育ては魔法だった」。毎週火曜日に更新します。ぜひ、ご覧ください。「ママがいい!」、Amazonジャンル別でいまだに一位です。広めてください。)

小雀保育園から、感想文が来ました。

小雀保育園から

 先日講演した、小雀保育園から感想文が送られてきました。保育士も保護者も一緒に聴いてくれた。子育てを一緒にやっている人たちが、楽しく、感謝しながら心を一つにする。それで保育園、幼稚園は大丈夫。

 「専門性」なんてことを言う学者や、「数値目標を掲げて母子分離を計る」政府の誘導に対抗するのは大変ですが、それを、いまやらないと、国が危ない。

 子どもを育てている人たちには、説明すれば通じる。それが嬉しい。幼児を可愛がることで、感性を育とうとしている。

 一部ですが、ご紹介します。一時間半の講演で、保育士や親たちの心が一体になっていきます。卒園後もずっと、それが続いていくといいのです。

 

講演会の機会を作って頂きありがとうございます。あっという間の一時間半で、宇宙の真理を沢山知ってしまいました。普段本当は分かっていることを改めて言語化し、気づかせて頂きました。保護者の一日保育、園長先生の指示なら従います!

保育士として感じていることを松居先生がズバリおっしゃっていて、終始うなずきが止まらなかったです。ただ1人の力ではどうにもできないのが現状で…。どうにかしたいけどできない中、あのような会を保育園が開いてくださり先生方や親御さんたちと共有できたことが本当に嬉しかったです。松居先生の考えが広まることを願います。(本買いました)素晴らしい時間をありがとうございました。

衝撃的でした。保育について社会問題となっている実態を恥ずかしながら知らなかったのと、保育園に恵まれ過ぎていたという事に気づかされました。仕事に自分の子どもたちの面倒だけで精一杯の日々だと感じながら過ごしてきましたが、忙しさを理由に疎かにしてはいけない大切なことがあると考えさせられました。

大人たち・子どもたちが互いに繋がり合いながら育ち合うことが当たり前の時代が過去にあって、でも今はそうではないことが当たり前になりつつあること。その恐ろしさをよく理解して日々の中でできることを1つ1つやっていきたいと思えた、転機となった講演会でした。ありがとうございました。

家に帰ってまずは、子どもたちに「生まれて来てくれてありがとう。お父さんお母さんを育ててくれてありがとう」と伝えました。すると「生まれさせてくれてありがとう」と返ってきました。0・1・2歳さん時代、大変だったなと思っていましたが講演会を聞いて大変さが愛おしくなりました。

2度目の松居さんのお話でしたが、心にとまる所が全く異なり、子育てひいては人生の意味を考えさせられ、心が軽くなったような気がしました。

何もできない状態で生まれてくる人間の赤ちゃんの意味・役割、自分の子どもが愛おしくなるとともに、私自身も両親たちにとってはそんな存在だったらいいなとも思います。

「いい人になる」と思った時からもうその人は「いい人」、幸せなのだと思い出しながら生きていこうと思います。子どもはその存在だけで素晴らしい。不自由な幸せを噛みしめて残り僅かな子育てを楽しみたいです。

講演会ありがとうございました。たくさん笑わせてもらって詩を聞いて涙して感情が忙しかったです。いい親だって言われたとき、もっと自分に自信を持とうと思いました。子どもたちと過ごさせてもらっている貴重な時間を大事にしていこうと思います。ありがとうございました。

松居先生の講演会に参加させていただきありがとうございました。親・保育士という私の役割の中、自分でできる最善の方法で育休を伸ばして子育てしてきたことを振り返り、これでよかったと思えました。「ママがいい!」と泣いている子どもたちに寄り添い、安心し保育園が楽しい場所になることを願いながら仕事をしていきたいと思います。親心を大切にします。

(パパから)「ママがいい!という言葉はママの勲章」と言う言葉に共感しました。私の家もこの言葉を言う息子がいます。それはママが今まで子どもと向き合い、愛情を注がなければ出ない言葉だと思いました。改めてママ(女性の方)は凄いんだなと思いました。ママのサポートがもっと出来る様に、私も頑張らないといけないと痛感しました。

講演会ありがとうございました。終始笑いっぱなしでとても楽しくお話を聞かせて頂きました。自分の子どもの頃を思い出した時、幼い頃は母の存在が全てでした。母を求め母がいない事に不安を覚え、絶対的な存在だったように思います。ですが、ある歳を境に、楽しい思い出を振り返ってみると、それは父との思い出です。

魚釣りや山芋採り、ホタル観賞や天体鑑賞等、沢山の体験に連れて行ってくれたのは父で、そういった体験の中で感性を磨いていったように感じます。また祖父母や叔父叔母にも沢山の体験をさせてもらいました。お父さんに沢山頑張ってもらい、父の腕を上げ、大人になった時、沢山の思い出の中に父がいてくれたら良いなと思いました。

(ここから私です。保育団体、教育委員会、幼稚園、保育園、一つひとつ、精魂込めてやっています。でも、全部回れるわけもない。松居和チャンネルをぜひ、周りの人に薦めてください。よろしくお願いします。講演依頼は、matsuikazu6@gmail.comまで、そうぞ。)

 

 「可愛がる」ことで、人生はいいものになる。

以前、新聞で報道された調査結果ですが。

設問の中に、「子育ても大事だけど、自分の人生も大切にしたい」◯か×か、というのがあった。

受験産業から保育事業、老人介護にまで手を広げている民間企業による「意識」調査で、毎年、その結果が新聞で報道される。こういう手法はよくない。

ふと通り過ぎる過程で、無意識のうちに「罠」に引 っかかる。
「自分の人生を大切にしたくない」人はいない。「子育てをしていると」それができないなら、人類は滅んでいる。

質問の向こうに、明らかに、政府の母子分離施策と、それをビジネスにしようという動機が見える。その動機が、風評被害となって、ここまで「保育」を追い込んでいる。だから、もう止めなければいけない。義務教育が破綻し始めている。

松居和チャンネル 第16回のテーマは、「子守唄が人類を導く」としました。副題は、「~義務教育の中に、幼児たちとの会話を~」です。

 

市場による「新たな常識」の拡散の中で、人間にとって無くてはならない大切な「チャンネル」が閉じていく。

私が目指している、このチャンネルは、様々な話題を挙げながら、乳幼児が先導し、確保してきた「神話的なコミュニケーション」の次元を復活させようというもの。ぜひ、周りの家族、友人、知り合いの方々に薦めていただきたいのです。よろしくお願いします。

子守唄は、音楽の中でも、一番「祈り」に近い音楽。

人間たちに、「これから」「これから」と囁きます。

一つの「命」を授かり、慈しみ、育てることで、新たに、「親子」という形で人生を創造していく。そのワクワク感が、祈りとなって、子守唄になる。

祈り、に「音楽」が加わり、人類は、不思議なチャンネルを開いた。

小学五年生くらいから、高校を卒業するまで、毎年一度は、012歳児に歌を唄ってあげる機会をつくるといい。音楽の授業を使うもいい。家庭科の時間、生活科、道徳?、どれにも当てはまるはず。

母性が、社会を導いていくべき。

赤ん坊の初めての笑顔を喜び、心が、ひとつになる。それが、社会の始まり。そういう説明を中学生にした方がいい。言えば、理解する。

「可愛がる」ことで、人生はいいものになる。

その道筋を教えないと、教育が「義務」である意味がない。

父親が、眠っている我が子に、「カラスなぜなくの」でいい、一人で、唄う。五日も続ければ、遺伝子がオンになってくる。

「千と千尋の神隠し」や「トトロ」を生み出し、支持するこの国には、次元を超える文化的土壌がすでにある。

奥さんに言われて、ご主人が実行してみる夫婦関係なら、すでに大丈夫。うちはどうかな? と思ったら、まずお母さんがやってみてください。不思議なことをやっている姿を父親が眺める。

父親の中にも、「母性」がある。その耕し方が、この国にはいい。世界も、それを求めている。

子守唄が歌われなくなってきた裏側で、保育士たちが「保育は成長産業」という閣議決定に背を向けはじめている。いよいよ、社会を整えるはずの、子どもたちの「願い」が、宙に浮いていく。

今回は、そんなことを、話しました。

 

親は子を選べない、子どもは親を選べない

親は子を選べない、子どもは親を選べない、だから、双方向に育て合う。

どんな子、どんな親に当たっても、当たり。そう思うことで社会に持続性が生まれていたのです。

火曜日です。

松居和チャンネル、第15回をアップしました。

テーマは、「子育てに正解はない」

~いい親でいたい、と思ったら「いい親」~、という副題をつけました。

選べないことが「凄い」。

大自然の「法則」は、選べないことの組み合わせで成り立っている。言い換えれば、選択肢があると思い始めたり、「豊かさ」を求めることで、人間は本来の自分を見失う。「幸せへの道筋」を手離していく。

それが今、先進国社会で未体験の「混沌」を生み出している。欲に歯止めがかからない。

子育てに「正解」を求めれば、自分の中に、すでに「答え」があることに気づかなくなる。「いい親」は、親の「心持ち」であって、結果ではない。

子どもの成長過程に、様々な要素が交錯してくる現代社会では、例えば、どんな友達に出会うか、中学校のクラス分けなどでも「結果」は変わってくるだろうし、保育者や担任の当たりはずれが、親子の人生に及ぼす影響は、計り知れない。それが「先進国社会」なのです。だからと言って、親たちが、子育ての責任を回避し始めれば、保育や学校という仕組みは、その責任を負いきれなくなるのです。

子どもの「愛着関係を求める心」だけが、宙に浮いていく。

基本になるのは、やはり親たちの、「いい親でいたい」と思う気持ちが、社会に満ちていること。

近頃、就学前に、長時間預けることが、不自然とは思われなくなっているのです。

「子育ては、専門家に任せておけばいいのよ」と言ったとんでもない厚労大臣が、幼保一体化を進め、保育資格を持っている人は「子育てのプロだから」と軽々しく言う無責任な学者たちに促され、仕組みに子育てを頼る親は、確実に増えている。

それが、

保育士の一斉退職 「このままでは子どもが守れない 最後の手段です」(NHK)

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240424/k10014429461000.html という報道に現れる。

教員の応募倍率が下がり、文科省は規制緩和を始め、保育が辿った道筋と同じことを義務教育でもやろうとしている。しかし、すでに「担任の当たりはずれ」は度を超している。内部崩壊が始まっている。

結婚は、自ら進んで「不自由」になること。

不自由になることに、人間は、幸せを感じ、それを「絆(きずな)」と呼ぶ。一人では生きられないことを自覚すれば、助け合いが、より真実味を帯びる。

子どもを産むことは、結婚に輪をかけて「不自由」になること。

私たちが、いま生きているのは、親たちが、我々に自由を奪われること、自由を捧げることに、幸せを感じたから。

アメリカに住んでみると、自由とか自立という言葉が、「子育て」という絶対的「縛り」から解放されるために使われているのがわかる。それを「平等」という言葉で正当化しても、それは強者たちの論理、免罪符でしかない。弱者が、犠牲になる。家庭崩壊が進み、犯罪が増える。

そんな話もしました。

子育ては、親が初心者であることが、選択肢のない、絶対条件であることを思い出してほしい。

私の師は、一年目の保育士に敵う保育士はいない、と、私が教えていた学生たちに言いました。新鮮で、オロオロする心持ちが大切で、それを専門性とか手法で手離してはいけない。

「子どもが初めて歩けるようなる瞬間を、親が見ていない、なんてことを許したら、親子の不幸に手を貸すことになるんだからね」、ともう一人の師は言いました。園で歩けるようになっても、「もうすぐ歩けるようになりますね」って、親には言うんだよ」と現場の保育士たちに伝えた。それが、保育士こころ、親心と、私は、心に刻んだのです。

0歳児を預けに来た親に、「いま、預けると、歳とって、預けられちゃうよ!」と言う保育園の園長が、日本にはいる。子どもたちを守ろうとする「勇気と覚悟」。これほどの「親心」、「保育士こころ」はないと思う。

「保育は成長産業」とした閣議決定がその対極にある。「欲」に働きかけて、福祉を支えようとしても、現場の心が萎えていく。いい加減にしてほしい。

保育士の一斉退職 #2

「女性の社会進出」「社会復帰」という言葉が、当たり前のように使われるようになり、エンゼルプランという偽善的な名を付けられた施策で、政府や学者が定義する「社会」から、子育て中の母親は除外されはじめた頃、「女性学」と、現場の女性園長たちの思いが、実は、激しくぶつかっていた。
「男女共同参画社会」という仮想現実を目指すために、保育園を使った母子分離が「平等」の名の下に加速し、「子どもが可哀想」という「思い」が時代遅れと否定され、「専門性」で子育てができるという、保育学者たちの思い上がりが、保育界から「魂」を奪っていった。

それが、
保育士の一斉退職 「このままでは子どもが守れない 最後の手段です」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240424/k10014429461000.html
というNHKの報道につながっている。

政府が、「ママがいい!」という子どもたちの願いを優先しないばかりか、
専門家会議が、11時間保育を標準と名づけ、保育学者たちがそれに体を張って抵抗しなかった。保育士たちも、当然のように、自分の人生を優先するようになってくる。それでいいのかもしれない。「一斉退職」、これが子どもたちを守る最後の手段、母子分離にブレーキを掛ける最後の方法になるのかもしれない。

学者は「専門性」で保育ができる、とか、あなたたちは「子育ての、プロなんだから」といい加減なことを「資格者」たちに言ってきた。その「資格」は、定員割れを起こしている資格ビジネスが、存続のために乱発している「資格」に過ぎないことを、彼らは知っていた。
保育が、「子育て」ではなく、プロのやる「仕事」のようになってくれば、安全性を考えて、みんなで辞めていくのも、プロの決断でしょう。
保育崩壊が始まろうとしている。

こども家庭庁の「こども未来戦略会議」は、「性別役割分担意識からの脱却」を、「働き方改革を正面に据え」て実施していく、と宣言した。子どもたちの「安心」が視野に入っていない。
「戦略会議」の(偽)「専門家」たちは、保育界が、「女性らしさ」と「祖母のごころ」で成り立ってきたことを知らない。「長時間保育は、子どもが可哀想」と思う「母性」を、学問とか「専門性」、人権とか「平等」という机上の論理で否定され、女性たちが、男性主導の市場原理、損得勘定に背を向けはじめている。それが、保育士の一斉退職 「このままでは子どもが守れない 最後の手段です」という記事に現れている。

「性別(性的)役割分担意識」なしで人間社会は成り立たない。
結婚が、人生の主目標から外れ、子孫を作ろうとする意欲は薄れる。しかし、この会議は、「それは困る、少子化は困る」という。そして、「子育て」の苦労を減らしてやれば産む、として母子分離を進め、それを「異次元の少子化対策」と呼ぶ。いい加減にしろ。論理が破綻している。

こども家庭庁が出した「子ども未来戦略」(令和5年6月13日閣議決定)は、「キャリアや趣味など人生の幅を狭めることなく、夢を追いかけられる」ように、誰でもいつでも子どもを預けられることが「子育て安心」なのだ、と言う。
人間が本来持つ感性を、失わせる。
それは、いわばキャリアや趣味における幅や深みを探る感性を捨てるようなもの。自身の人間性に気づく機会を放棄させておいて、それが「安心」だという。

子育ては、人生の幅を狭める「障壁」ではない。

こういうやり方で、子どもたちと過ごす時間の価値を下げ、親たちを子育てから遠ざければ、やがて保育士も去っていく。「動機」が悪い。稚拙すぎる。
学校の先生も、教師であることの価値が見えなくなり、親たちの子育て放棄に耐えられなくなり、その職から去っていく。

閣議決定されたこども家庭庁の「子ども未来戦略」の冒頭に、戦略が作られた理由として、「インド、インドネシア、ブラジルといった国の経済発展が続き、追い抜かれれば、我が国は国際社会における存在感を失うおそれがある」とある。「誰でもいつでも」は「海外では常識」とニュース番組で言った学者の偽情報の向こうに、子どもの日常の幸せを後回しにした経済「戦略」がある。
GDPで「子どもたちの未来」を測るのは単純過ぎる。政府は、この国の文化・伝統を馬鹿にしている。

「子ども未来戦略」で、(慣らし保育なしの)「子どものショートステイ」(生後60日から十八歳未満対象。育児疲れ、冠婚葬祭でもOK。一泊二千円から五千円)を、「圧倒的に整備が遅れている」と、こども家庭庁が言い切るのを読めば、わかる。
このショートステイを厚労省が10年以上前に始めた時、園長たちは、「これは政府によるネグレクト(育児放棄による虐待)の勧めでしょう」と言っていた。
過去三十年間の保育施策、「子育て支援」=「子育て放棄支援」は、政府によるネグレクトの勧めだった。そう思っている園長たちには、「戦略」が言う「整備」の本当の意味がわかる。
専門性という言葉を自分たちに押し付けて、彼らが実は何をしようとしているのかが、わかるのです。

だから、こういうことになる。

保育士の一斉退職 「このままでは子どもが守れない 最後の手段です」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240424/k10014429461000.html
(NHKの報道。)