
数年前、熊本で二代目、三代目の若手保育園長、理事長先生の研究会で講演したときのことです。初代が女性でも、なぜか園を継ぐのは男性が多く、男性中心の会でした。懇親会で少しお酒が入って、若い園長先生がマイクを握って言いました。
「松居先生。親御さんは、僕の母、先代園長の言うことはよく聞いたのに、なんで僕の言うことは聞いてくれないんでしょう」
保育の核心にせまる質問です。私は嬉しくなって考えました。
「先代は、お元気ですか?」と尋ねました。元気です、という返事に、「まさか、先代を引退させてしまったんではないでしょうね」
保育園も代替わりを迎えています。ビジネスの世界の真似をし、後進に道をゆずる、時代に即した経営、などと言います。日本各地で、創設者である園長理事長が引退する現象が起こっています。しかし、忘れてもらっては困ります。保育園という特殊な「子育て」の仕組みが「代替わり」を迎えるのは、人類の歴史始まって以来のことなのです。保育園や幼稚園は「子育て」という太古からつづく伝承の流れに関わっていながら、ごく最近作られた新しい仕組みです。お団子や歯ブラシを売るのとはわけが違い、その仕組みを創り上げるには細心の注意が必要なのです。経営を譲るのはいい。でも、園という不思議な空間を単純に二代目に任せていいのでしょうか。
「四〇年以上勤めた保育士に『引退』はありません」と私は若手園長に言いました。
「保育士を二〇年、一人の人間が幼児の集団に二〇年も囲まれれば、『地べたの番人』という称号を得ます。四〇年勤めれば、『道祖神』という格づけになっているのです」
そのときたまたま「道祖神」という言葉が浮かんだのですが、眺めるだけで昔日の真実を感じるものならば、なんでもいいのです。
「まさか、道祖神を引退させたんじゃないでしょうね」
笑いながら話すと、若手園長はすぐにピンときたようで、理解し、苦笑いし、すみません、という顔になりました。
「道祖神はいるだけでいいんです」と私はつづけました。
「園の中を歩いているだけでいいんです。車いすに乗って子どもたちを眺めているのもいい。ひなたぼっこをしているのもいい。門のところで毎朝親子を迎えるだけで、園の『気』が整ってくるのです。園の形が、すーっと治まってくるんですよ。母親の心が落ち着きます。その瞬間、あなたは道祖神の息子です」
子どもたちが育ってゆく風景の中で、私は園長という名の道祖神たちを見てきました。直接教わったこともたくさんあります。道祖神のいる風景から、私は考え、保育における視点を学んだように思います。園は、子どもが育ち、親が育ち、道祖神が現れ、親心が磨かれてきた場所。そういう場所には絆が育ちます。言葉では説明のつかないコミュニケーションの絆が、大自然に近い秩序を生む。日本人はそういうことに敏感だった。大木を切ることにさえ躊躇してきた民でした。

もう一人の若手園長が、酔った勢いで口を開きました。「うちの道祖神は、もう亡くなってしまったんです」
私は、ちょっと考えてから、「老人福祉をしている所に行って、一つ拾ってくればいいんです」
ちょっとお借りしてくる、という言い方が正しかったと思います。
人間は幼児に囲まれなくても、一〇人に一人くらいは、ある年齢に達したとき、道祖神の領域に入ります。平和で幸福そうな顔ができあがっています。もうすぐ宇宙へ還る人たち。欲から離れた人たちだからこその落ち着きです。
そのあと、私は宴席で密かに思い出していました。数日前、NHKの特集番組で見た「インカ帝国のミイラ信仰」を......。文化人類学的にです、あくまでも。
ご先祖のミイラが村に一つあって、それに向かって村人の心が鎮まっている風景。心が一つになっている。それに比べれば、園の道祖神たちはまだ歩いているのです。
人間が遺伝子の中に持った太古の流れを、時々意識しないと本来の目的を見失います。それどころか、幸せに生きるための秩序を失います。私の想像力は、また一歩飛躍します。厚労省がこんな告知をしたら、すばらしい決断と言えるでしょう。
「保育園で道祖神を引退させると法律で罰せられます」
厚労省が、こういう視点を持つことができるだろうか?
いまのところ、答えは否、でした。情報に頼りすぎる思考の進み方にも問題はあるのですが、一番の問題は現場の風景を知らない、知っていてもそこから「感じることができない」ことにあるのです。次元が幾重にも交錯する人間の「気」の交流現場に気づきにくい人がシステムを考えていることに、現代社会の欠陥があるのです。感性が鈍っている。官僚と呼ばれる人も、家へ帰れば子どもの運動会に一喜一憂し、保育参観日に行き、ふと我に返るはず。実は細胞は死んではいない。生きる機会と場所を失っているだけです。
アンデスの山を思いながら、「道祖神は、ちょいと惚けてきたら、なおいいのかもしれない」と思いました。惚ける人間の存在にも必ず意味がある。生まれて一年目に、ほんの少し笑うだけで周りを幸せにして親心を育てた人間は、歳月を経て、いつか歩いているだけで周りの気を鎮める神のような存在になりたいのだと思います。

私は、当時、埼玉県の教育委員をやりながら、時々道祖神たちの顔を思い出し、視点を変えればまた違った世界が見えてきます、と折に触れて発言しました。私の発言は、県庁の中で少し浮いているような気もしましたが、同時に教育局の人々に何かが通じているようにも思えます。
道祖神を見る人間の目や心の動きを教育の現場に復活させる方法はあります。教育局の人たちが「保育士体験」に参加して幼児の集団をたった一日見つめるだけで、地球に変化はあるのだろうな、と思いました。いまの常識にとらわれることなく、幼児を意識した視点や様ざまな絆が生まれる環境を、子どもたちが育つ仕組みに取り入れていかないと、親の潜在的不安は治まらないでしょう。意識的に太古の視点を復活させなければ、学校という歴史の浅い巨大なシステムが、はるかに古い魂を持つ「家庭」や「部族」という絆を崩壊させるのが、私には見えます。家庭が崩壊しては困ります。家庭が幼児を守り、幼児こそが、道祖神を生み出しているのですから。

私は、質問をしてくれた園長先生のお寺で、引退した先代にお会いしました。みごとなお顔でした。
「四〇年以上園児に囲まれた保育士に引退はないのですよ」とお話しすると、先代はとても喜んでおられました。
「園に行きたい、とこのごろ思っていたんですよ」とおっしゃった道祖神と二代目のお嫁さんの姿を、私は携帯電話のカメラで撮影しました。私の道祖神コレクションの一枚になりました。

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