体験に基づかない情報を知識だと思っているから、マスコミや政治家が、平気で、母子分離を肯定する報道や発言をする。「ママがいい!」という言葉の意味さえ理解しない。
0歳児を眺めることで、人間は、自分を知る。その、出発点に立つ。みんなで一緒に、それをすれば、「魂の絆」、社会性が育つのです。
第16回 松居和チャンネル
子守唄が人類を導く
~義務教育の中に、幼児たちとの会話を~:をぜひ参考にして下さい。


体験に基づかない情報を知識だと思っているから、マスコミや政治家が、平気で、母子分離を肯定する報道や発言をする。「ママがいい!」という言葉の意味さえ理解しない。
0歳児を眺めることで、人間は、自分を知る。その、出発点に立つ。みんなで一緒に、それをすれば、「魂の絆」、社会性が育つのです。
第16回 松居和チャンネル
子守唄が人類を導く
~義務教育の中に、幼児たちとの会話を~:をぜひ参考にして下さい。


「父の日」、東松山の「ひさみ幼稚園」で、父親200人に、午前と午後二回に分けて、講演をしました。
一網打尽です。
父親ばかり、一網打尽は、嬉しい。
こんなことが出来る国は、世界中どこ探しても、ない。
その、風景としての「嬉しさ」が一つ。まだ、幼児の父親たちが、ほとんどの家庭にいる。これは、半数近くが「未婚の母」から生まれる欧米では、考えられないこと。
それが、日本の、絶対的な素晴らしさ、なのです。
日本は、先進国の中では、唯一「人間らしい」稀有の国。
幼稚園で、私が一時間父親たちに話をすれば、一家の人生をいい方向に向けることができる。
父親たちが、「外堀」(そとぼり)なのです。ここで守っておけば、母親たちは大丈夫だと思う。
それが、出来る国だから、一層腹立たしいのです。いまだに、母子分離で、家庭崩壊を助長し続ける国の方策が……。
乳幼児期の母子分離を、自分の功績のように吹聴し、それを「チルドレンファースト」と東京都知事が言う。わざわざ英語を使って、日本の伝統を消そうとする。それを言わせておくマスコミが、一番間が抜けている。「それは、チルドレン ラストだろう」と誰も言わない。
父親たちに、
「この時期に、子どもたちに『人間らしく』してもらって下さい」、「親父の会で、月に一度集まって、仲良くする姿を子どもたちに見せれば、小学校でいじめが減るんだから」と、「魂の講演」をすると、父親たちが生き返ってくるのです。元々、父親たちは、いつまで経っても中身は「子ども」なので、話が早い。
その後、子どもたち(神様)と交わる時の顔が、イキイキと輝いてました、と園の先生たちが嬉しそうに報告してくれました。
峯園長、ご苦労様です。父親たちを真っ当な人間に育てるべく、よろしくお願いします
祈り、を社会に取り戻すために。
(「父の日」でなくてもいいのです。父親たちに講演させてください。とても、効き目があります。夫婦揃って、もなかなか良い。いつでも、連絡ください。matsuikazu6@gmail.com)

「平等」という名の、対立へ向かう奇妙な「罠」が都知事の言う「チルドレンファースト」という掛け声の元に、広がっていく。012歳児を預かることを奨励する施策は、「チルドレンラスト」政策でしょう。
後戻りできない「教員の質の低下」は、「利便性」で人生を計るように仕向けた、あなたたち政治家の稚拙な政策の結果です、と言いたい。
こんな、コメントがチャンネルに来ました。
「従姉妹の働くママさんに、『保育園に預けた方が子どもの社会性の発達に絶対良いのに』と会うたびに言われます。」
「子どもの社会性」などと、もっともらしい言葉を使って、利便性のために「騙されたがる」親たちを増やしてしまった。
昔は、「本当に、預けていいのかい?」と、訊いてくれる園長がいた。
親たちは、園長の「人柄」と会話をしたのです。
保育士は、5歳までしか、子どもを見れない。そのことを、親は、噛み締めてほしい。
集団性とか、社会性、などと言う言葉で、誤魔化さないでほしい。家族、親子という単位で人生の土台を作らないと、その先で、出会うのは、その子の幼児期を知らない「教師」たちなのです。
こんな、手渡し方は、不自然で、「人間としては、一線を超えている」ことなのです。

松居和チャンネル 第74回、(テーマは)「本当に、預けていいのかい?」、です。
以前は、保育園の園長先生たちが、よく母親たちに言った言葉です。保育が、「福祉」とか「サービス産業」に取り込まれる前のことです。
副題が、『昔、親たちは、園長の「人柄」と会話をした』
としました。
都議会選挙で、小池知事が、無償化とか規制緩和で、012歳児の母子分離をどれだけ進めたか、を「功績」のように言う。三歳未満児の母子分離推進施策を、「チルドレンファースト」と言うのだから、出発点から、支離滅裂で、話にならない。子どもの気持ちなど何も考えていない。横文字にしたら、進歩なんだ、みたいな稚拙な政治手法は、いい加減にしてほしい。
一緒に子どもを育て、見守っている大人たちは、お互いの「人柄」と、会話をする。社会に必要な「信頼関係」の土台は、幼児の未来を心配し、「心を一つにする」ことから、始まるのです。
だから、以前、園長たちは、「本当に、預けていいのかい?」と母親たちに問いかけた。

東松山のひさみ幼稚園で、父親200人、一網打尽で講演しました。
父親ばかり、一網打尽は、嬉しい。こんなことが出来る国は、世界中どこ探しても、ない。その、風景としての「嬉しさ」が一つ。まだ、幼児の父親たちが、ほとんどの家庭にいる。これは、半数近くが「未婚の母」から生まれる欧米では、考えられないこと。
それが、日本の素晴らしさ、です。
先進国の中では、唯一「人間らしい」稀有の国なのです



自民党TVで、三原じゅん子さんと対談した時の画像をユーチューブで見ることができます。ここまでは九年前に言ってある。
党大会の女性局、少子化対策委員会、厚労部会でも話しました。衆議院で参考人、口述人もやりました。その都度、反応は良いのに、政策には反映されない。一年生議員に講演した時は、石破さんが、私を紹介したのですが、「母子分離政策」は止まらなかった。
教師も保育士も不足し、児童虐待も、不登校児童も過去最多です。


西伊豆の保育士たちと。教育長さん、教育委員会の局長さんも参加してくれました。今年は、松崎も加わって三園です。
午前中の保護者向けの講演には父親たちも結構来ていました。一日保育士体験が、始まっているのです。幼児を大切にする女性たちは、結束力とパワーが違います。
(前夜の懇親会が、私の誕生日と重なりました。) 
現在のグローバル経済は、「貸し借り」で成り立っている。
その基本を忘れて、政治家は、平気で「母子分離」を「子育て安心プラン」と名付け、「誰でも、いつでも預けることができる」、「誰でも、いつでも『子どもたちの願い』に背を向けることができる」ことを「子育て安心」と名付けた。非常に程度の低い「経済政策」、稚拙な「罠」です。
それによって、子どもたちが「世の中」を信じなくなる。その現象がどんどん広がっている。それが、学級崩壊やいじめ、不登校、結婚しない男たちという「結果」となって現れているのです。
子どもたちからの「信頼」を失うと、市場原理は、対立し、やがて破綻へ向かう。(今、アメリカで起こっていること。)
子どもたちからの「信頼」を、取り戻そうという保育者たちの「意志」が、この西伊豆町の動きに感じられるのです。
人間社会は、一中学校区、つまり、村単位で、再構築していくしかない。それには、一つ一つの保育園、幼稚園の「心を一つにした」動きが必要です。
各園で、「一日保育士体験」が始まっています。その報告もありました。
どうしても、やろうとしない一人の親のことで相談を受けました。
「そういう親は、室町時代でもいた」と思えばいいのです」。ダーウィンの法則で、きっと何か、役割を果たしているのです、と答えます。
全員を目指し、7、8割まで達成できれば、小学校、中学校が突然、楽になってきます。親たちが、保育者や先生に感謝するようになると、子どもたちが落ち着くのです。
秋には、教育委員会の依頼で、中学生の保護者たちに、講演することになりました。一中学校区、という単位で、「親心のビオトープ」を作っていけばいい。それを、小学校入学前に、保育士体験とか、父親の会、などで整えていけば良いのです。
中学校で講演をすると、保護者たちに混じって、先生たちも講演を聴いてくれます。
そこが、結構重要です。
学校の先生たちは、乳幼児期から、長時間、自分の子どもを預けている人が多いのです。これでは、子どもたちに対する「見本」としては、本当は、本末転倒なのです。
子どもたちに「いい親」になって欲しい、と願うのであれば、先生も、しっかり、三年くらいは育休をとって、毎週一度は、学校に、赤ん坊を連れて来て、生徒たちに自慢してほしい。同僚の職員たちにも、見せてほしい。赤ん坊の「働き」を、学校に持ち込んで欲しい。
その時の先生の、「親としての顔」が、生徒たちの人生に、良い影響を与えるのです。学校で、教科書に書いてあることを教えてるよりも、もっと「大切な」、人が、幸せに生きる道筋を、先生たちの嬉しそうな顔が、教えるのです。
保育者たちの結束がきっかけになって、教育委員会にも「子どもの存在を祝う」風景が広がれば、町全体が、自然に、まとまってくるのです。
子は鎹(かすがい)ではなく、「子育て」が、社会の鎹(かすがい)。
人間社会をまとめるのは、理屈や損得勘定ではなく、「母性」なのです。
松居和チャンネル 第73回
(テーマ)「日本再興戦略」の愚かさ
副題:出産退職を、「経済損失」とする学者たち
この「日本再興戦略」という政府の方針が、少子化や、家庭崩壊、学級崩壊を進めた。これほどいい加減な、現場を無視した「経済施策」はない。これが、保育士不足を決定的にし、いま、来年どうするか、全く不明な、教師不足につながったのです。
出産退職を、「経済損失」と計算する学者たち。彼らには、「ママがいい!」という叫びなど、聴こえない。
「保育分野」を「新市場」と閣議決定し、「低コストのサービス」を目指すことで、産業化しようとした。そして、子どもには耐え難い、保育の「質の低下」を招いた。
一日11時間を「標準」とし、年に260日預ける仕組みです。無理を強いるほど、「質」が片寄り、どんな園長が保育園を運営するか、どの保育士が、その日の担当になるか、という「当たり外れ」が、親子の一生を左右する時代になってしまった。
ほとんどの保育科が定員割れを起こし、1週間で取得できる資格が急遽つくられて、「国家資格」の、意味さえ無くなっていった。
「国の成長・発展等への貢献を目的に」作られた「戦略」だそうです。
呆れます。
「安い労働力確保のため」とハッキリ言えばいい。
すでに「仕組み」として眼中にない政府によって、補助金を盾に、幼稚園は、保育園化するターゲットにされてしまった。必死に、その良さを訴え、延長保育も、希望者は一桁、と頑張っている園もあります。昔ながらの、幼稚園を選んでくれる親たちも、まだ、います。しかし、補助金の仕組みが、あまりにも「母子分離」に偏っているのです。
親になったばかりの若者たちに、親子の人生を考えた、いい選択ができるのだろうか。
実際は、「なんとなく流れで」長時間、預けてしまう若い親が増えている。0歳児を預けることに、躊躇しない若者たちが、増えている。
乳児を、これだけ長時間預ける、という「親の決断」が、子どもの成長や、人生にどう影響し、「利便性」に偏りがちな選択が、「コミュニケーション障害」という形で、親子関係を支配していく可能性を、彼らは、理解しているのだろうか、と心配になります。仕組みとして、危うい状況になっていることだけは、確か。
子どもたちの「ママがいい!」という叫びや、すすり泣きが、慣らし保育で「諦め」に変わり、黙ったとき、私たちは、社会に必要な「信頼」を失っていく。
子どもたちからの「信頼」が、失われていく。それが、「幼児期の母子分離」なのです。それを、社会全体が認めないと、この国から、モラル・秩序、安心が消えていくのです。
本当に日本を再興させたいなら、子育てを親に返していくしかない。
これから、親になろうという若者たちに、ぜひ、「ママがいい!」を読むように、言ってください。
Amazonの、レビューだけでも、覗くように、薦めてください。そこに、様々に、この国に起こっていることの、答えが書いてあります。


再び西伊豆で、保育士たちに囲まれて。午前中は、父親たちの参加も増え保護者に、午後は、教育長さん、教育委員会の局長さんも加わり、保育士たちに講演。熱気の講演会でした。動画も撮ってもらいました。議会の日程で来れなかった議員さんや、町長さんにも見てもらえるように。一般公開もOKです。
今年は松崎も加わり三園が、親たちの保育士体験に取り組んでいます。入学前に親たちと保育士の信頼関係が出来上がれば、学校がずっと楽になり、クラスも落ち着いてきます。
保育士たちの、子どもたちの将来の幸せを願う気合いに、本当に感謝です。

誕生日も祝ってもらいました。



ここ数十年、幼児たちの本当の「価値」が徐々に忘れられ、「ママがいい!」という叫びに無関心になるよう、政府やマスコミが、経済優先の誘導を続けてきました。
豊かになり、選択肢が増えたのかもしれませんが、結果的に児童虐待と、不登校が過去最多になっている。保育士や教師を有資格者で確保することが、不可能になっている。
「ママがいい!」という子どもたちの叫びに真剣に耳を傾けるのか、「保育園落ちた、日本死ね!」と言う親たちの要求を優先するか、「選挙や、利権争いの枠を越えて」、私たちは、決断しなければならない。それが、この国の、道筋を決める。
いまこそ、「誰もが幸せになれる方法」を思い出すべきなのです。
選択肢があることが、いいこと、という概念のもとに、義務教育は普及しました。
しかし、選択肢がない、親は子どもを選べない、子どもは親を選べない、という条件が「親を」育てないと、義務教育は成り立たない。
そこに、先進国社会に共通した落とし穴がありました。
欧米で、急速に家庭崩壊が広がった「原因」と、その「結果」が、すでに義務教育の「仕掛け」自体にあった。

「自分は、一人では生きてはいない」という自覚の中で、人間は、会話をする。そして、宇宙の、ルールを体感する。
宇宙の中には、必ず、012歳児がいて、山や、川や、海、大自然が景色としてある。
その中に、「子守唄」という、不思議な役割を果たすものさえ、ある。



西伊豆で。
ありがとう。
さて、チャンネル第72回は、テーマが、「選択肢」がないことの幸せ。
副題は、『育休をとった人の「同僚に報奨金!」👍』
最初に、こんな質問を、紹介しました。
「息子の時と、孫(まご)育ての時の違いは、責任の差でしょうか」。
(私の答え)
歳をとると、責任の受け取り方が、より自然に、相手の気持ちを優先するようになる。
自分が弱者になるということが、いい。
抗えない、自然の流れを理解するようになる。
子どもに対しても、結果を求めるというより、「無心に可愛がる」という方向に向かう。
「その時、その瞬間」を大切にする、境地に近づく。
自分が「いい人だ」と実感することが、一番の幸せ、だと気づく。

このまま、政府が母子分離政策を続ければ、来年、学校教育が危ない。そんな時に、子どもたちを包み込むのは、祖父母心であってほしい。
一番、いい避難場所のような気がします。
若い頃は、「選択肢」がある、ということが、悩みを増やす原因になる。
豊かさ、ゆえの「選択肢」ですが、0歳児は一人では生きられない、でも、0歳児が生きないと、人類が続かない、という、選択肢のない「仕掛け」、その「素晴らしい仕掛け」が、逆に、重荷になっている。そう、仕向けるかのように、「無償化」、「待機児童解消」、「子育ての社会化」、などという、子育てを重荷と捉えた「軽減策」が、政府やマスコミによって、語られ続けてきた。これでは、日本も欧米と同じように、行き詰まる。
そうなってはいけない。

ご報告です。チャンネルで司会、対談をしていただいている、(友人曰く)私の「いいところ」を引き出していただいているSaya(さや)さんが、参議院選挙に出馬します。

参政党については、よく知らないので、少し心配ですが、受かって欲しいと思っています。人の言葉に耳を傾ける姿勢が純粋で、信頼できる人です。このチャンネルで話し合ったことを、ぜひ、国政に生かしてほしいと願っています。😀