昨日の国神保育園に続き、今日も秩父の明星保育園で講演しました。両園は姉妹園です。真言宗のお寺の保育園。びっくりしたのは、八十才を越えた創設者でもある道祖神園長先生、小学校が明星学園で照井げん先生に音楽を習ったとおっしゃるのです。その時の授業や修学旅行がいまだに忘れられずに保育園に明星と名付けたそうなのです。私はおげん(お元)先生の最後の教え子。おげん先生は私が入学した時にはもうおばあちゃんでした。私は小学校しか明星に行っていませんが、お互いにその時期の思い出が強く、歳がこんだけ離れていてもやはり共通して習った先生が数人いて、いろいろと懐かしく話をしました。当時の明星学園は修学旅行で京都に行き、帰りは船で帰ってきたのだそうです。もちろん戦前です。照井先生が一学期かけて道中出会う物に関連づけて授業をしてから出かけたそうです。
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遠藤豊先生のこと
2011年5月
今週,埼玉で学校の先生たちに二度講演しました。
保育という仕組みの問題点は、幼児という特殊な人間の存在意義を確認するという原始的な人間の遺伝子に関わってくる根源的な問題なので説明しやすいのですが、学校教育はそれとは違った側面を持っていて、それはたぶん、ほとんどの人間の人生にとって役に立たないことを子どもたちに大量に教えることが人類全体の可能性をのばしてゆく、というかなりしっかりとした絆意識がないと持続出来ない目的が、学校教育の普及とともに進む家庭崩壊によって見えにくくなってくる、という面倒な説明をしなければならない点にあり、そこで私も苦労しているのです。
それを一時間半でうまく現場の先生たちに説明出来るほどに私がまとめきれていないのだと思います。授業とは何か、役に立たない事を子どもに教える過程で何が大切なのか、を考えていたのがきっかけで、遠藤先生のことを懐かしく思い出し、考えました。

遠藤豊先生は私の小学校5、6年生の時の担任で、のちのち自由の森学園というかなり斬新な学校を創った人です。
とにかく素晴らしい授業でした。授業というものにあれほどの充実感を感じたことはそれ以後一度もなかったような気がします。いまの私の考え方は、自分で考えよ、基本的な情報以外の情報には惑わされるな、自身の体験を考える柱に必ず置く、というあたりが特徴なのですが、明らかに遠藤先生の理科と数学の授業が影響していると思います。
五年生の時、電気について一学期かけて考えたことがありました。電気は明るい、熱い、から始まり、「明るい」とは何か、熱いのはなぜか、と進み、電気が流れるとはどういうことか、まで続いていくのです。数学でいくつかの定理を学んだ時、先生は、その定理を発見した人の苦しみと楽しみと驚きを100分の1でも小学生に感じさせようとしていた。その定理を覚えることより、その定理が生まれた時の感動や苦悩を知ることの方がはるかに重要だと考えていたのです。
灰谷健次郎さんのこと
さっき、突然のメールで、灰谷さんの本読んで感動した、という友人の言葉が届きました。読んでいて、私のことを思ったと書いてあり嬉しかった。灰谷さんどうしているかな、とネットで検索すると、とっくに亡くなっている。あれっ、という感じ。
人形/ なぜ人間は人形をつくるのか
(五月五日、被災地の空に鯉のぼりが泳ぐ。外国人にとっては不思議な光景だろう。以前、「なんで魚なんだ?」とアメリカ人に訪ねられたことがあった。日本人はかなり不可解なことをする。先進国の中では特にその不可解さが目立っている。渡辺京二著「逝きし世の面影」(平凡社)に、150年前この国を見た欧米人の驚きが集約されている。第十章、「子どもの楽園」は感動的。後々作られた儒教的、武士道的日本のイメージが吹っ飛ぶ。欧米人が「パラダイス」と書き残した国のひとたちは、大らかで、時空をわかちあうひとたちだった。まるで鯉のぼり。
人類は不思議なことをする。社会における人間性の確認か、自分の人間性をそれぞれが思い出すためか。いずれにしても、鯉のぼりは抜群にいい。被災した人々と被災地に舞う鯉のぼりが、私に元気をくれるような気がする。ありがとうございます。)
人形
誰の家にも人形があります。30や40はあるはずです。
平均いくつくらいあるか、ちょっとイメージで考えてみましたが、日本という国は特に一緒に暮らす人形の数が多い文化かもしれない、と思いました。おひな様が2セットあったら、それだけでけっこうな数になります。こけしや雉馬、鯉のぼり、ぬいぐるみや鉛筆や箸の先っぽについているものまで丁寧に数えていったら、一世帯平均100くらいになるかもしれません。これだけの数の人形が、全ての世帯にあるのだとしたら、私たち人類は、こういう物(者)をかなり必要としているということです。人形は私たちの「人間性」の一部だということです。
なぜ宇宙は、私たち人間に人形を与えたのか?
人形を見ながら考えると、ふと、なぜ宇宙が私たち人間に0歳児を与えたかが見えてきます。
0歳児が私たちから引き出そうとしているもの、人形が私たちから引き出そうとしているものが、似ている。
優しさだったり、祈る気持ちだったり、忍耐力、言葉を介さないコミュニケーション能力…。良い人間性を引き出そうとしているのだな、と思います。良い人間性とは、調和に向かう人間性でしょう。
人間の面白いところ、不思議なところは、自分をいい人間にしてくれる者たちを自ら生み出し、つくり出すというところです。それが、0歳児であり人形です。
シャクティの子どもたち
先月、インドのシャクティーセンターにシスター・チャンドラを訪ねた時のこと。
「シスター?チャンドラとシャクティの踊り手たち」から、映像のメッセージ。
オープニング http://youtu.be/YXk7xexQR8I
セルバの結婚観 http://youtu.be/h3OpPP_JY_g
memoから
1歳3ヶ月くらいで、息子がお辞儀を覚えた時のこと。
いつもやってくれるわけではないけれど、やってくれるととても優雅で、いい感じです。私しか見ていないと、もったいない気がするのです。見損なった人には、ぜひ見せたくなるのです。もう、それは、平和や美や真実を、わかちあいたい、という感じです。
親子関係にハッピーエンドなんてない。お墓とか、記憶とか、形見とかに体現される、魂の次元のコミュニケーションが存在しなければ。
赤ん坊が、数年かけて左脳である言語脳を発達させている時に、親は赤ん坊という特殊な存在と付き合い、感性を発達させている。祖父母に、より感性が必要な理由…。
幼児との体験が不足し、社会的に感性が欠如している団塊の男たちが、…。
人間たちの出会いの中で、親子の出会いほど決定的で不思議なものはない。一生をかけての出会いである。春夏秋冬を受け入れるように、これを通り抜けて、自然(Nature)と一体になる。その出会いには選択肢がない。そこで人間は運命という言葉を意識するようになる。
人間はいま、選択肢があることに苦しんでいる。
幼児と過ごした記憶を強く持つことは、人間の感性とコミュニケーション能力を高め、その幼児の発達を見て、現実が過去と未来を含むものだと意識する。
音楽が存在するように、
ジョーンズ夫人のこと
仙台からのメールです。
「そんな中でも春はきました。
大変なことばかりを数え上げるときりがないですが、今の私にできることは子ども達を元気にすることだと思って毎日を過ごしてます。
保育士としては当たり前のことですが、それが大人を元気にし、長い目で見れば復興につながるのでは‥と勝手に解釈してるところです。」
たぶん、こういう時だから子どもを眺めて大人たちが癒されるのだと思います。
子どもたちの明るい声や、笑顔に励まされ、この子たちのために、と立ち上がる、考える、絆を作る、それが直接的な日々の幸せになってゆくのだと思います。
遊んでいる子どもたちを眺めること、それが何千年もやっていた癒しでありリハビリテーションなのだと思います。
自分も昔は完成していた
砂場で幼児が集団で遊んでいる姿をながめ、人間は、自分がいつでも幸せになれることに気づきます。幸せは、勝ち取るものでもつかみ取るものでもない。「ものさしの持ち方なのだ」というメッセージを、遊んでいる幼児が私たちに教えます。砂場の砂で幸せになっている子どもたちを眺め、「私も昔、あそこに居た」「自分も昔は完成していた」と、みなが気づいた時、目標に気づいたもの同士の一体感が生まれます。
ある人は、最近、人間たちの遺伝子がオンにならなくなった、と言います。ある人は、常識が変わった、社会が変わった、価値観が変わったと言います。私は、幼児たちが、本来の役割を果たせなくなってきている、と言います。幼児たちが人間たちを人間らしく育てられなくなってきている、祖父母を祖父母らしくする天命を果たせなくなってきている、と言います。社会の大切な一員である0、1、2歳は、人間の中でも非常に特殊で不思議な存在です。0才児、1才児、2才児は、それぞれとても違う。こういう人たちには必ず強い役割がある、この変化の速度、時間のかけ方には大切な意味があるはずです。
私は、二十歳の時にインドへ行き、それから何度かそこで過ごしました。インドの村で、何千年の過去を感じる。ゆったりとした時間を過ごしていると、一日の生活のどこかで必ず乳幼児を見かけるのです。母親に抱かれている風景です。乳幼児が視界に入ってこない日は、まず考えられません。
絶対にひとりでは生きられない人たちを仲間と意識し、時が流れてゆく。これが人間社会をつなぐ何千年も続いてきた「意識」ではなかったか、と考えました。そして、現在の先進国の状況を見ていると、だからこそ、いま多くの人たちが、親や祖父母ばかりではなく、小学生から大学生まで、教師たちも経営者も、幼児を眺める時間を増やさなければならないのではないか、と思うのです。
人間社会が人間性を取り戻すために。
仙台の教え子無事でした。
インターネットは本当にありがたい。
「このアドレスで届くでしょうか?電波も不定期なのでちゃんと着くといいんですが‥
勤務先の子も、私も怪我一つなく元気です!
同じ市内の中でのあの惨状。行方不明の保護者・知り合い。あまりのことに茫然とするばかり。
余震が続いたり、ライフラインがなかなか復活しなかったりと色々ありますが、まずは目の前にいる子ども達となんとかやっていこうと思います。
倒れない程度にがんばります!」
日本中で保育士たちが被災地の保育士たちを応援しているはずです。
ウズヤマさんもがんばって下さい。