久我山組Sakthi応援団の山田順子さんから、11月は寒いのではないかという意見あり。あたたかい洋服を15人分用意してくれるそう。ありがたい。
作者別: kazu
ありがとう。
ノブ君ありがとう。
beadsmici.exblog.jp
ノブ君は、ディジュリドゥー奏者。龍村監督のガイヤシンフォニーでも吹いている。大島の火山の火口で。私がピンチの時に現れて、淡々と演奏を聴かせてくれたり、話し相手になってくれる。絵本を一緒に作っている、優しい秦さとみさんや、天才馬場敬一君を紹介してくれた人です。馬場君と作ったドリーム・ウォーク、もうすぐ印刷完了します。
石郷岡さんは、中学校の同級生でうちから10メートルのところに住んでいて、石の装飾品をデザインしています。同級生に誉めてもらうのは格別です。利害関係のない頃の友だちだものね。
最近忙しくて、あまり日記書けなかったです。
近況です。
大学時代の友人の娘のはつきが、チラシ配り頑張ってくれています。シャクティ応援団が増えてきました。
大磯の聖ステパノ学園で11月15日にシャクティが踊ります。海の見える素晴らしいホールです。私は、シャクティが来日する日、11月4日にステパノ学園で授業をします。シャクティとシスターの説明です。
他にも、8日に八王子の共励保育園の55周年記念。ここは、私の長年の同志長田安司理事長の保育園です。13日には、熊谷のなでしこ保育園で踊ります。ここは埼玉保育界の女性ドン、門倉先生の保育園です。14日には、赤坂の修道院女子パウロで踊ります。シスター山本にお茶をごちそうになります。
18日には、浦和のはとり幼稚園で踊ります。ここは、私が以前教えていた東洋英和の大先輩石川先生の園です。石川先生と太田窪の小島屋でうなぎを食べると、ホッとします。
11月21日には、横浜双葉学園でも踊ります。
近所の山田順子さんの紹介で会った阿蘇牧師さんが、自家製の有機農法で作ったお米を、シャクティツアーに一俵下さることになりました。山田さんは大きな炊飯器を貸して下さいます。
シャクティの踊り手たちと日本の絆
今回の来日に際し、シャクティと横浜双葉学園の絆が生まれそうです。女子パウロ会でもいい集いが計画できそうです。
こんな手紙をいただきました。嬉しいです。ありがたいです。
DVDを拝見しました。
とても美しい作品だと思いました。
すべてが美しく感じました。
とても感激して、幾度も繰り返し見ました。彼女達の太鼓の音に一番感情の深さを感じました。
早く11月にならないだろうかと、待ち焦がれます。
直接聞きたいですし、美しい姿を見たいです。
シスターチャンドラの言葉の中には、幾つも目から鱗的な事があり、心が洗われたと同時に自分の生活や人生を考えさせられたり、人間社会を改めて見つめる機会になりました。
Sakthi来日、ぜひお出で下さい。
ドキュメンタリー映画「シスターチャンドラとシャクティの踊り手たち」の主人公たちが、日本で表彰されるために来日することになりました。とても不思議なグループです。
私は、大慌てでホールを探したり、修道院へ連絡したり、保育園の先生たちに協力をお願いしたり、大忙しです。
11月11日と12日に東京ウィメンズプラザで3時と6時半、2回ずつの公演を企画しました。
このホームページを見て下さいませんか。
ぜひ、いらして下さい。
お友達にも広めていただけると、とても助かります。
http://sakthi.luci.jp/
チラシなど配って下さる方いましたら、ご連絡下さい。
シスター来日することになりました。
先週、突然シスターからメールが来ました。「日本で表彰されるので来日します。一人で行くのは嫌なので、ダンサーたちを連れて行きます。宜しくお願いします。」
イスラム圏を旅して
心を一つにする。それが人間の幸せを保証するのだと思う。一日5回の祈りが聴こえてくる。ホテルに泊まるとメッカの方角を示すメダルがデスクに埋め込まれている。人々が一つの方向を向く。
祈りで一つになろうとしている国と、経済で一つになろうとする国が闘いを始めている。
シスターが言った「集まること」そして「わかちあうこと」人間の存続の原点はそこなのに、経済論が支配の手をのばし親心が消え始めると、0歳児が存在価値を失い、幸せになろうという心の動きが、より大きな不幸を生み始める。
人間はバーチャルな世界で一つになろうとする。祈り、音楽、経済、手法は様々だけれど、選択肢に大自然が含まれたないと、秩序を保とうとする大自然の大きな動きによって手痛い打撃を受けるのだと思う。
トルコに居る教え子から#2
トルコ語に「インアシャラー(アッラーが望むなら)」という言葉があります。イスラム圏全体で通じる言葉でしょうか?停電がしょっちゅうあるので、私が近所の人たちに色々聞きに行き、「あと少しで回復するかな?」と聞くと、「インアシャラー」と言われたりします。この言葉がよく使われるように、トルコでは、自分(人間)がどうにもできないことがあるという前提で物事を考え、そういうことが起こったら、じたばたせずに神様が導いてくれるのを穏やかに待っているようなところがあります。その分すっごい楽天的で、ひやひやすることも多いのですが。
朝ふと思ったことがあったので。この国の人々には、先生の言う、「幸せの物差しを持っている」という言葉がびったりだと思います。逆に、そのような物差しを持たない(捨てた)人をかわいそうに思っているようなところさえあると思います。最近のトルコ人の大半は、ユーロに加盟するのを反対しているところなどにもそれが現れているのかなと思いました。
やはりポイントは、自分、というより人間には、自分自身で解決できないことがあるということを前提にしているというところでしょうか。何もできないということと、幸せであるということは、裏表なのでしょう。先生の、0歳児が完璧な人間である、ということと近いと思います。
トルコに居る教え子から
松居先生、ご連絡をいただき、ありがとうございました。そしてご連絡が遅くなり、申し訳ありませんでした。インターネットがなかなか通じなかったり、新婚旅行でエジプトに行ったりしていました。先日夫と一緒にシャクティをみました。私は最近、観光用ではなく、本当の儀式としてのメヴェラーナに行き、そこで、祈りや、「差別」される女性のことについて色々考えています。しばらくそこに通おうと思います。そこで考えているさまざまなことの答えが、シャクティにあると思います。変な文章でごめんなさい。きっと、気持ちは伝わりますよね。
Sakthiの風景
Sakthiの風景に正解はない。でも、答えはたくさんころがっている。