松居和チャンネル 第125回
(テーマは)公立幼稚園は、保育と学校教育が共存できる最後の姿だった
副題は:『望ましい』で終わる規則で、乳幼児は守れない
です。

「『概ね(おおむね)』で始まり、『望ましい』で終わるような規則で、罰則もない。
これでは、乳幼児は守れません」
15年ほど前、ある役場の保育課長が、私に言った言葉です。
立場上、言えない人たちの「本当に言いたいこと」が、そこにありました。
こども家庭庁が出した、スキマバイト(スポットワーク)保育士についての通知ですが、
「望ましくありません」とは書いてある。けれど、禁止はしない。
その一言が、現場では「やってもいい」という免罪符に変わっていきます。
そして子どもには、「望ましくないこと」を、当然の権利のように続けてきたのが、
012歳児の「母子分離政策」なのです。
それが「権利」ではなく、「利権」になって行った。
保育士たちは、012歳児を預かりながら「これは、望ましくない」と思っている。
その気持ちと、政府の保育政策の「ズレ」が、いまの保育士不足につながっているのです。
後半は、公立幼稚園の話です。
二時までで、預かり保育も、園バスも、給食もない。夏休みはある。
その代わり、月々八千円。
私立幼稚園の営業を妨げないために「サービスをしない」ことが、不文律になっていました。
サービスをしないと、親が育つ。助け合う。絆が生まれる。公立幼稚園の運動会は、村の運動会のようでした。
それが「無償化」で、一気に壊れていきます。公務員減らし、財政削減に加えて、
同じ「ゼロ」なら、サービスをしてもらいたい。損得勘定で測る親が増えていった。
沖縄では、5歳児がほぼ全員、一年間「公立幼稚園」に通っていました。アメリカのプリスクールシステムがそのまま残っていた。その習慣が、「いいもの」だったから親や祖父母の意思が、それを残した。
宮古島の学童は、親たちが順番に担当していた。
すべての子どもが「お友達のおとうさん、おかあさん」を体験し、
そこで社会が耕されていた。
親たちの絆と、親と教師の絆。「育てる側の絆」が、子どもたちを守ります。
公立幼稚園という「形」を、取り戻しませんか。
「議連」を、つくりましょう。
親たちの意識を「子ども優先に戻せば」、義務教育は立ち直れるかもしれません。
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